脳に直接売り込むニューロマーケティング
ニューロマーケティングとは
ニューロマーケティングとは、脳科学の立場から消費者の脳の反応を計測することで、消費者心理や行動の仕組みを解明しマーケティングに応用しようとする試みです。いきなりニューロマーケティングと言われてもピンとこない方が多いと思いますので、最初にわかりやすい例を一つ見てみましょう。
この分野の文献でよく引用されるBerns and Moore (2011)の実験は「脳の反応を見れば商品の将来の売り上げが予測できる」という衝撃的な仮説を世間に叩きつけました。
Berns and Mooreは被験者たちを集めて、無名のアーティストによる120の新曲の中から 15曲を選んで聴かせながら、fMRIによって被験者の脳をスキャンしました。その曲の売上を、スキャン後3年間にわたって追跡したのです。
すると、どうなったでしょうか。脳のスキャンを行なった時点で、総被験者中1/3以上の被験者の側坐核(報酬系に寄与する)部位が活性化している曲に関しては必ず2万曲以上売り上げられ、側坐核が反応した被験者数が1/3に至らなかった曲は売上が少なかったのです。
BernsとMooreは、一般顧客向けの作品やプロダクトを上市する際は、「発売する前に」おおよそ売れるか売れないかの予測をつけることができると論じています。
報酬系の反応は売り上げと相関関係があるので、fMRIで報酬系を見れば良いということです。 この実験ではさらに興味深い考察もなされています。
実験の中でfMRIによるスキャンだけではなく、「聞いた曲の中でどれが好みか?」と被験者に主観的な質問をしていました。 これは一般的に行われているマーケティング調査のようなものです。しかし、被験者から返ってきた答えと3年間の売り上げを見比べてみると、主観的な調査と歌の将来の売り上げとは相関関係がなかったのです。
つまり、被験者は自分が認識していないところでその曲を評価していたのではないか、と言えます。
この研究で、ニューロマーケティングは「主観に基づく一般的な顧客調査よりも脳を直接観察したほうが売上向上に効果的なのではないか」「本当のマーケティングとは上市する前に顧客の心を掴んでおくことなのではないか」という論調が強くなり大きく注目を得ました。
以上の結果を見てわかる通り、ニューロマーケティングはマーケティングにおいて圧倒的な力を持つ可能性があります。
もし企業が製品などを売り出す前に、売れるか売れないか事前に分かれば多くの無駄なリソースを削減することができます。どれだけの製品のために無駄な努力がされているかを考えると、この研究領域の市場ポテンシャルは非常に大きいものであるということに気づくでしょう(もちろん失敗から学ぶこともたくさんありますが)。
注目を浴びるニューロマーケティング
実際に、ニューロマーケティングの注目度は爆発的に伸びています。下図は論文数・Googleの検索Hit数・ニューロマーケティングを標榜する企業数の推移ですが、2003 年あたりから急速に伸びていることがわかります。論文に関しては主に購買意欲や商品の好みに関わる論文が多い印象を受けます。
上図で2003年付近から急速にグラフが伸びています。特にグラフ中のGoogle検索数に関しては目を見張るものがありますが、実はこの年代でニューロマーケティングの概念を大きく広めた有名な研究が発表されたのです。
P. Read Montagueらによる”Neural Correlates of Behavioral Preference for Culturally Familiar Drinks”というコカコーラとペプシを用いた実験です。次はこちらをご紹介します。
コカコーラ・ペプシ実験
モンタギューらがこの論文を出す以前に、すでに先行実験で、製品名を伏せた状態でコカコーラとペプシを飲み比べても被験者はコカコーラとペプシのどちらに対しても「はっきりとした好みを持たない」という結果が出ていました。それなのにも関わらず、市場ではコカコーラが一貫して優位に立っていたわけです。
味に変わりは無いのにコカコーラの方が売上が大きい、この原因を解明するため、モンタギューらはまず被験者をfMRIスキャナーに入れて彼らにコカコーラとペプシを製品名を隠した状態で飲んでもらい、それが好きな味かどうか尋ねました。 次に味見の前にラベルを被験者に見せてから飲物を飲ませると好みが変わる人が多く現れ、なんとコカコーラの缶を見た後には被験者の75%の人が気に入ったと答えたのです。さて、このプロセスで何が起こったのでしょうか。
それはコカコーラというブランドを認識したあとのfMRIスキャンから読み取ることができます。コカコーラというブランドを認識したあとは脳の腹側中脳と腹側線条体(側坐核も含む)、前頭前皮質腹内側部という三つの領域のうちの二つが、強く反応していたのです。
上記の実験から、「行動の制御や記憶の掘り起こしなどの脳の活動に対してコカコーラの ブランドは大きく作用する」とモンタギューは結論付けました。 この実験が発表された後、脳を観察することで「人々の購買行動が解き明かすことができる」「脳の購買ボタンを見つけよう」などと一気にニューロマーケティングに注目が集まったのです。
ニューロマーケティングの実例
今回ご紹介した実験の手法はfMRIを用いていますが、EEGを用いた脳波測定でFrontal Alpha Asymmetryという特徴を検出したり、NIRSという手法を用い脳を観測することで商品や広告を評価する手法もニューロマーケティングとして注目されています。
その他にも、一般的には目線を追ったり心理学的な指標を用いるマーケティング手法も広義のニューロマーケティングに含まれています。
ニューロマーケティング支援企業は欧米で多く生まれ(日本ではNTTデータのDONUTsなど)、大企業も広告やパッケージデザインにニューロマーケティングを用いるようになってきました。
例として、The Neuromarketing LabsというNeuromarketing企業がメルセデスベンツのCMにニューロマーケティングを使用した例をあげておきます。CMが流れている時の目線、脳の活動、パラメータなどにより、顧客の反応が好ましいものであるか評価するというものです。
アメリカのニューロマーケティング企業で有名な
マーケティングの行く先
主観的なマーケティングには限界があると感じている方も少なからずいらっしゃると思います。それも無理はありません、人は本当の自分のことが分かっていないのですから。
ニューロマーケティングは顧客の意識に出てこない潜在的な脳の反応を捉える/刺激することで、「顧客が反応してしまう」製品や広告を作り出せる可能性があるのです。
まだどのニューロマーケティング手法もエビデンスが高いとは言い切れず発展途上段階にありますが、これから分析手法が安価になりデータが蓄積されていけば、精度の高いニューロマーケティングに基づく製品開発、広告設計が当たり前になる時代はそう遠く無いでしょう。