Neuralism(by 奥田一貴)

最新の脳科学研究についてのブログ。自身は脳神経科学分野で学術研究を世に広める仕事をしています。

脳を直接刺激するニューロモデュレーション技術の発展

以前、BMIについたブログが反響頂き、様々な場所で講演させて頂く機会がありました。
そのような中で、多様な職種の方とお会いする機会があるのですが、脳神経科学を用いた新興ビジネスについてよくご質問いただくことがあり、いつかその話題について触れてみようと思っていたところ、
 
先週BrainswayというTMS/経頭蓋磁気刺激(磁気刺激により脳に刺激を与える方法。後ほど説明有。)を用いたイスラエル発の医療機器企業がNASDAQに上場して話題になりました。

www.brainsway.com

この会社が提供している治療法を簡単に言うと、脳にバシバシ磁気刺激を与えることで、鬱病が治るという斬新なものです。
 
TMSのように磁気刺激などを用いて脳に干渉する手法はNeuromodulationといいますが、今回はBrainswayの紹介に始まるNeuromodulation編ということで書いていきたいと思います。

Neuromodulation

Neuromodulationとは、読んで字の如く「Neuro(神経を) + modulation (変化させること) 」であり、神経細胞に直接刺激を与えることで、人為的に神経活動を引き起こす研究分野です。神経を刺激するということで脳に限定する概念ではないのですが、このブログの性質上、脳に絞った内容とすることにします。
 
現在、Neuromodulationは神経系に対する磁気・電気・超音波・光・熱などを用いて研究が行われていますが、ヒトにおいて典型的なのは下図のような磁気刺激(左)と電気刺激(右)です。

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IEEE PULSEより
TMS(経頭蓋磁気刺激)
磁気刺激は1985年にAnthony Barkerらによって発表された、コイルによって生成された磁場で外部から運動皮質を刺激することによってその脳の反対側の手の動きを誘発したという驚くべき研究結果に端を発します。

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1985年のコイル型TMSとAnthony Barker氏

仕組みとしてはコイルから発生した磁場の働きで生じた渦電流が頭蓋骨の内部まで到達して脳神経細胞に働きかけることによって刺激を与えるというものです。電磁誘導を思い出していただければわかりやすいでしょうか。

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Active Recovery TMSより
Anthonyらの衝撃的な発見から研究が進み精神疾患の治療にも有効性が議論され始め鬱病統合失調症パーキンソン病・慢性疼痛・脳梗塞後のリハビリなどに効果があるとして広まっていく中でBrainswayのような企業が誕生しました。磁気刺激を反復的に与えるrepetitive TMS(rTMS)は疾患治療だけでなく注意力・ワーキングメモリ・意思決定などの様々な認知プロセスにも関与し、米国では2008年、日本でも2017年に薬事承認されています。
 
ここで話をBrainswayに戻します。Brainswayのプロダクトは下の動画を見ていただくと把握できると思います。
 
TMSは従来、先ほどの図のようにコイル状のもので脳の表面を磁気刺激するというのが通常でしたが、Brainswayの開発した特殊な形状のTMSは両側前頭前野からより脳の深部まで刺激が通ります。大うつ病性障害と、その中でも薬剤などで治らない難治性のうつ病に対しても治療成績が認められ、米国FDAから承認を受けています。また、このBrainswayは強迫性障害に対しても同様に米国FDAの承認を取得しています。
 
加えて、認知症自閉症、疼痛緩和やパーキンソン病などに対しても臨床試験を行っており、ヨーロッパでCEマークを取得しています(下図はBrainswayが臨床試験を行った疾患一覧)。まさに次世代の精神・神経科治療機器企業という名に相応しいのではないでしょうか。
 

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Brainswayが臨床試験を行った疾患一覧
企業を見ていくと、深部まで磁気刺激を伝えるBrainswayのTMSだけではなく、rTMSによる治療で米国FDAの承認をとっているNeuroneticsという企業も存在し、鬱病への治療に活かされおり、日本でも平成31年6月から保険収載となっています。Neuronix社も認知力トレーニングと組み合わせたTMSプログラムで認知症治療へ踏み出すなどしています。どちらもイスラエル発企業(下写真左:Neuronetics社のNeuroStar、下写真右:Neuronix社のNeuroAD)であり、新たなTMS治療トレンドがイスラエルから起こっていることがわかります。
 
 
また最近Neurologyに掲載されたこのような研究がありました。

n.neurology.org

64才~80才の被験者でTMSを用いた20分の試験を5日間連続行うと、記憶力が大幅に上昇し若い人たちと同等になったという驚くべきものです。今後は疾患の治療だけではなく、健常者の認知機能の向上というテーマにもTMSが用いられるようになっていくとみられます。

 
次に電気刺激を見ていきたいと思います。
tDCSとDBSがメインとなりますが、DBSに関しては以前の記事で触れましたので、今回はtDCSに関して書いていくことにします。
tDCS(経頭蓋直流刺激)
tDCS(経頭蓋直流刺激)は、頭皮に取り付けられた陽極電極と陰極電極を用いて弱い直流(通常1〜2 mA)を供給する比較的単純なNeuromodulationです。効果はTMSに劣りますが、安価で持ち運び可能であり在宅でも使用することができるのが強みです。

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Neurotherapy Montrealより
韓国企業のybrainは、MINDDという鬱病の治療機器を開発し、韓国FDAから承認を取得しています。画像には額の部分に2つ電極が設置されているのがわかります。
現在韓国では約50施設の病院で導入され、今年末には米国のFDA承認を狙っているとのことです。また、こちらの企業も認知症治療の適応を目指しており、在宅で高齢者の方々が脳に電流を流す日も近いかもしれません。
 
また、tDCSは一次運動野領域に電極を設置することで、運動機能が向上するといった報告もあり( )、こういった研究をもとにヒトの機能拡張を謳うスタートアップが生まれてきます。
 
Halo Neuroscienceはヘッドフォン様のヘッドセットを着用することでミュージシャンやアスリートの脳神経に働きかけパフォーマンス向上させることができるとして、Halo Sportという商品を発売しています。図を見ると突起が見受けられますが、そこから電流が流れてtDCSとなっているわけです。

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Halo Sport 2

Neuromodulationのこれから

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PDlinkより
電気・磁気を用いたNeuromodulationは手法としての歴史は浅いものの、我々の生活へ音を立てて近づいてきています。鬱病認知症になったら当たり前のようにクリニックで磁気刺激を受けに行くばかりか、健常人でも記憶力向上のためにTMSを受けに行ったり、落ち込んだ時に電気刺激で気分を回復したり、スポーツ時に電気刺激でパフォーマンスを向上させようとする人たちに溢れている未来が来るかもしれません。
加えて光や超音波を用いたNeuromodulationも分子レベルで研究が進んでおり、これからこの分野が人類の脳の健康に留まらず、能力の拡張にも大きく役立っていく可能性があります。
 
歴史が浅くまだ有効性やリスクの課題が忍んでいる可能性がある手法ではありますが、これからの行く先が楽しみなNeuromodulationの紹介でした。