Neuralism(by 奥田一貴)

最新の脳科学研究についてのブログ。自身は脳神経科学分野で学術研究を世に広める仕事をしています。

脳を直接刺激するニューロモデュレーション技術の発展

以前、BMIについたブログが反響頂き、様々な場所で講演させて頂く機会がありました。
そのような中で、多様な職種の方とお会いする機会があるのですが、脳神経科学を用いた新興ビジネスについてよくご質問いただくことがあり、いつかその話題について触れてみようと思っていたところ、
 
先週BrainswayというTMS/経頭蓋磁気刺激(磁気刺激により脳に刺激を与える方法。後ほど説明有。)を用いたイスラエル発の医療機器企業がNASDAQに上場して話題になりました。

www.brainsway.com

この会社が提供している治療法を簡単に言うと、脳にバシバシ磁気刺激を与えることで、鬱病が治るという斬新なものです。
 
TMSのように磁気刺激などを用いて脳に干渉する手法はNeuromodulationといいますが、今回はBrainswayの紹介に始まるNeuromodulation編ということで書いていきたいと思います。

Neuromodulation

Neuromodulationとは、読んで字の如く「Neuro(神経を) + modulation (変化させること) 」であり、神経細胞に直接刺激を与えることで、人為的に神経活動を引き起こす研究分野です。神経を刺激するということで脳に限定する概念ではないのですが、このブログの性質上、脳に絞った内容とすることにします。
 
現在、Neuromodulationは神経系に対する磁気・電気・超音波・光・熱などを用いて研究が行われていますが、ヒトにおいて典型的なのは下図のような磁気刺激(左)と電気刺激(右)です。

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IEEE PULSEより
TMS(経頭蓋磁気刺激)
磁気刺激は1985年にAnthony Barkerらによって発表された、コイルによって生成された磁場で外部から運動皮質を刺激することによってその脳の反対側の手の動きを誘発したという驚くべき研究結果に端を発します。

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1985年のコイル型TMSとAnthony Barker氏

仕組みとしてはコイルから発生した磁場の働きで生じた渦電流が頭蓋骨の内部まで到達して脳神経細胞に働きかけることによって刺激を与えるというものです。電磁誘導を思い出していただければわかりやすいでしょうか。

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Active Recovery TMSより
Anthonyらの衝撃的な発見から研究が進み精神疾患の治療にも有効性が議論され始め鬱病統合失調症パーキンソン病・慢性疼痛・脳梗塞後のリハビリなどに効果があるとして広まっていく中でBrainswayのような企業が誕生しました。磁気刺激を反復的に与えるrepetitive TMS(rTMS)は疾患治療だけでなく注意力・ワーキングメモリ・意思決定などの様々な認知プロセスにも関与し、米国では2008年、日本でも2017年に薬事承認されています。
 
ここで話をBrainswayに戻します。Brainswayのプロダクトは下の動画を見ていただくと把握できると思います。
 
TMSは従来、先ほどの図のようにコイル状のもので脳の表面を磁気刺激するというのが通常でしたが、Brainswayの開発した特殊な形状のTMSは両側前頭前野からより脳の深部まで刺激が通ります。大うつ病性障害と、その中でも薬剤などで治らない難治性のうつ病に対しても治療成績が認められ、米国FDAから承認を受けています。また、このBrainswayは強迫性障害に対しても同様に米国FDAの承認を取得しています。
 
加えて、認知症自閉症、疼痛緩和やパーキンソン病などに対しても臨床試験を行っており、ヨーロッパでCEマークを取得しています(下図はBrainswayが臨床試験を行った疾患一覧)。まさに次世代の精神・神経科治療機器企業という名に相応しいのではないでしょうか。
 

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Brainswayが臨床試験を行った疾患一覧
企業を見ていくと、深部まで磁気刺激を伝えるBrainswayのTMSだけではなく、rTMSによる治療で米国FDAの承認をとっているNeuroneticsという企業も存在し、鬱病への治療に活かされおり、日本でも平成31年6月から保険収載となっています。Neuronix社も認知力トレーニングと組み合わせたTMSプログラムで認知症治療へ踏み出すなどしています。どちらもイスラエル発企業(下写真左:Neuronetics社のNeuroStar、下写真右:Neuronix社のNeuroAD)であり、新たなTMS治療トレンドがイスラエルから起こっていることがわかります。
 
 
また最近Neurologyに掲載されたこのような研究がありました。

n.neurology.org

64才~80才の被験者でTMSを用いた20分の試験を5日間連続行うと、記憶力が大幅に上昇し若い人たちと同等になったという驚くべきものです。今後は疾患の治療だけではなく、健常者の認知機能の向上というテーマにもTMSが用いられるようになっていくとみられます。

 
次に電気刺激を見ていきたいと思います。
tDCSとDBSがメインとなりますが、DBSに関しては以前の記事で触れましたので、今回はtDCSに関して書いていくことにします。
tDCS(経頭蓋直流刺激)
tDCS(経頭蓋直流刺激)は、頭皮に取り付けられた陽極電極と陰極電極を用いて弱い直流(通常1〜2 mA)を供給する比較的単純なNeuromodulationです。効果はTMSに劣りますが、安価で持ち運び可能であり在宅でも使用することができるのが強みです。

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Neurotherapy Montrealより
韓国企業のybrainは、MINDDという鬱病の治療機器を開発し、韓国FDAから承認を取得しています。画像には額の部分に2つ電極が設置されているのがわかります。
現在韓国では約50施設の病院で導入され、今年末には米国のFDA承認を狙っているとのことです。また、こちらの企業も認知症治療の適応を目指しており、在宅で高齢者の方々が脳に電流を流す日も近いかもしれません。
 
また、tDCSは一次運動野領域に電極を設置することで、運動機能が向上するといった報告もあり( )、こういった研究をもとにヒトの機能拡張を謳うスタートアップが生まれてきます。
 
Halo Neuroscienceはヘッドフォン様のヘッドセットを着用することでミュージシャンやアスリートの脳神経に働きかけパフォーマンス向上させることができるとして、Halo Sportという商品を発売しています。図を見ると突起が見受けられますが、そこから電流が流れてtDCSとなっているわけです。

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Halo Sport 2

Neuromodulationのこれから

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PDlinkより
電気・磁気を用いたNeuromodulationは手法としての歴史は浅いものの、我々の生活へ音を立てて近づいてきています。鬱病認知症になったら当たり前のようにクリニックで磁気刺激を受けに行くばかりか、健常人でも記憶力向上のためにTMSを受けに行ったり、落ち込んだ時に電気刺激で気分を回復したり、スポーツ時に電気刺激でパフォーマンスを向上させようとする人たちに溢れている未来が来るかもしれません。
加えて光や超音波を用いたNeuromodulationも分子レベルで研究が進んでおり、これからこの分野が人類の脳の健康に留まらず、能力の拡張にも大きく役立っていく可能性があります。
 
歴史が浅くまだ有効性やリスクの課題が忍んでいる可能性がある手法ではありますが、これからの行く先が楽しみなNeuromodulationの紹介でした。

脳に直接売り込むニューロマーケティング

ニューロマーケティングとは

ニューロマーケティングとは、脳科学の立場から消費者の脳の反応を計測することで、消費者心理や行動の仕組みを解明しマーケティングに応用しようとする試みです。いきなりニューロマーケティングと言われてもピンとこない方が多いと思いますので、最初にわかりやすい例を一つ見てみましょう。

この分野の文献でよく引用されるBerns and Moore (2011)の実験は「脳の反応を見れば商品の将来の売り上げが予測できる」という衝撃的な仮説を世間に叩きつけました。

Berns and Mooreは被験者たちを集めて、無名のアーティストによる120の新曲の中から 15曲を選んで聴かせながら、fMRIによって被験者の脳をスキャンしました。その曲の売上を、スキャン後3年間にわたって追跡したのです。

すると、どうなったでしょうか。脳のスキャンを行なった時点で、総被験者中1/3以上の被験者の側坐核(報酬系に寄与する)部位が活性化している曲に関しては必ず2万曲以上売り上げら側坐核が反応した被験者数が1/3に至らなかった曲は売上が少なかったのです。 

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fMRIスキャンで側坐核が反応する様子

BernsMooreは、一般顧客向けの作品やプロダクトを上市する際は、「発売する前に」おおよそ売れるか売れないかの予測をつけることができると論じています。

報酬系の反応は売り上げと相関関係があるので、fMRI報酬系を見れば良いということです。 この実験ではさらに興味深い考察もなされています。

実験の中でfMRIによるスキャンだけではなく、「聞いた曲の中でどれが好みか?」と被験者に主観的な質問をしていました。 これは一般的に行われているマーケティング調査のようなものです。しかし、被験者から返ってきた答えと3年間の売り上げを見比べてみると、主観的な調査と歌の将来の売り上げとは相関関係がなかったのです。

つまり、被験者は自分が認識していないところでその曲を評価していたのではないか、と言えます。

この研究で、ニューロマーケティングは「主観に基づく一般的な顧客調査よりも脳を直接観察したほうが売上向上に効果的なのではないか」「本当のマーケティングとは上市する前に顧客の心を掴んでおくことなのではないか」という論調が強くなり大きく注目を得ました。

以上の結果を見てわかる通り、ニューロマーケティングマーケティングにおいて圧倒的な力を持つ可能性があります。

もし企業が製品などを売り出す前に、売れるか売れないか事前に分かれば多くの無駄なリソースを削減することができます。どれだけの製品のために無駄な努力がされているかを考えると、この研究領域の市場ポテンシャルは非常に大きいものであるということに気づくでしょう(もちろん失敗から学ぶこともたくさんありますが)

注目を浴びるニューロマーケティング

実際に、ニューロマーケティングの注目度は爆発的に伸びています。下図は論文数・Googleの検索Hit数・ニューロマーケティングを標榜する企業数の推移ですが、2003 年あたりから急速に伸びていることがわかります。論文に関しては主に購買意欲や商品の好みに関わる論文が多い印象を受けます。

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 Growth of research applying neuroscience to marketing over time (from Plassmann, H., Ramsøy, T. Z., & Milosavljevic, M. (2012). Branding the brain: A critical review and outlook. Journal of Consumer Psychology, 22(1), 18–36).

上図で2003年付近から急速にグラフが伸びています。特にグラフ中のGoogle検索数に関しては目を見張るものがありますが、実はこの年代でニューロマーケティングの概念を大きく広めた有名な研究が発表されたのです。

P. Read MontagueらによるNeural Correlates of Behavioral Preference for Culturally Familiar Drinksというコカコーラとペプシを用いた実験です。次はこちらをご紹介します。 

コカコーラ・ペプシ実験

モンタギューらがこの論文を出す以前に、すでに先行実験で、製品名を伏せた状態でコカコーラとペプシを飲み比べても被験者はコカコーラとペプシのどちらに対しても「はっきりとした好みを持たない」という結果が出ていました。それなのにも関わらず、市場ではコカコーラが一貫して優位に立っていたわけです。

味に変わりは無いのにコカコーラの方が売上が大きい、この原因を解明するため、モンタギューらはまず被験者をfMRIスキャナーに入れて彼らにコカコーラとペプシを製品名を隠した状態で飲んでもらい、それが好きな味かどうか尋ねました。 次に味見の前にラベルを被験者に見せてから飲物を飲ませると好みが変わる人が多く現れ、なんとコカコーラの缶を見た後には被験者の75%の人が気に入ったと答えたのです。さて、このプロセスで何が起こったのでしょうか。

それはコカコーラというブランドを認識したあとのfMRIスキャンから読み取ることができます。コカコーラというブランドを認識したあとは脳の腹側中脳と腹側線条体(側坐核も含)前頭前皮質腹内側部という三つの領域のうちの二つが、強く反応していたのです。 

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B: コカコーラのラベルを見て腹側中脳, 腹側線条体, 前頭前皮質服内側部が反応する様子 D: ペプシのラベルを見ても腹側中脳, 腹側線条体, 前頭前皮質服内側部の反応がない様子


上記の実験から、「行動の制御や記憶の掘り起こしなどの脳の活動に対してコカコーラの ブランドは大きく作用する」とモンタギューは結論付けました。 この実験が発表された後、脳を観察することで「人々の購買行動が解き明かすことができる」「脳の購買ボタンを見つけよう」などと一気にニューマーケティングに注目が集まったのです。

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"Pushing Your Buy Button"と題された当時のForbes紙
ニューロマーケティングの実例

今回ご紹介した実験の手法はfMRIを用いていますが、EEGを用いた脳波測定でFrontal Alpha Asymmetryという特徴を検出したり、NIRSという手法を用い脳を観測することで商品や広告を評価する手法もニューロマーケティングとして注目されています。

その他にも、一般的には目線を追ったり心理学的な指標を用いるマーケティング手法も広義のニューロマーケティングに含まれています。

ニューロマーケティング支援企業は欧米で多く生まれ(日本ではNTTデータのDONUTsなど)、大企業も広告やパッケージデザインにニューロマーケティングを用いるようになってきました。

 

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Neuromarketingを導入している企業例。Intuitive consumer insightsより

例として、The Neuromarketing LabsというNeuromarketing企業がメルセデスベンツのCMにニューロマーケティングを使用した例をあげておきます。CMが流れている時の目線、脳の活動、パラメータなどにより、顧客の反応が好ましいものであるか評価するというものです。

www.youtube.com

アメリカのニューロマーケティング企業で有名な

マーケティングの行く先

主観的なマーケティングには限界があると感じている方も少なからずいらっしゃると思います。それも無理はありません、人は本当の自分のことが分かっていないのですから。

ニューロマーケティングは顧客の意識に出てこない潜在的な脳の反応を捉える/刺激することで、「顧客が反応してしまう」製品や広告を作り出せる可能性があるのです。

まだどのニューロマーケティング手法もエビデンスが高いとは言い切れず発展途上段階にありますが、これから分析手法が安価になりデータが蓄積されていけば、精度の高いニューロマーケティングに基づく製品開発、広告設計が当たり前になる時代はそう遠く無いでしょう。

ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の行く先

考えるだけで機械を操作したり、脳とコンピュータの間で直接情報を授受できる世界というのはどのような世界でしょうか。このような技術はブレイン・マシン(コンピュータ)・インターフェース(以下BMI/BCI)と呼ばれています。

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(Convergent science network)

近年メディアでもよくその存在を耳にするBMIですが、それもそのはず、2000年前後から論文数が急激に伸び始め、指数関数状に論文も増加しそのコンセプトのキャッチーさも伴って注目を浴びています。

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BMI論文数の推移:2014, Ahmed Albakri

また、今年のEconomist誌が新年第一号で「The Next Frontier」としてBMIの特集を組むなど、もはやBMIはただの学術研究対象ではなく、経済界でも人工知能の先に来る有望な投資対象となっていると言えるでしょう。

 この技術は何を人類にもたらすでしょうか。僕は大きく以下の3点ような流れが起きていくと考えています。

  1. 人間の脳をコンピューターと接続することで機能/知能の補完・拡張を行う
  2. 人間の脳をお互いに接続することでより円滑なコミュニケーション、知覚の共有を行うことができる
  3. この地球に存在する”知性”が総体としてコネクトームを形成し、高次元で圧倒的な知性が創発される

突拍子も無いことを言い始めた、とお思いの方が多いかと思いますが、この文章を最初から最後まで読んでいただけると、BMIという技術が上記の方向を向いていることがお判りいただけるかと思います。以下お付き合いいただき、コメントやフィードバックをいただけると幸いに存じます。よろしくお願いします。

BMIとは

BMIの概念は、1960年に心理学者でありコンピューターサイエンティストである、JCR Lickliderが「Man-Computer Symbiosis」で提唱したものがはじめと言われますが、一般的にヒトと機械を直結する技術は、大きく「神経調節(Neural Modulation)」と「神経補綴(Neural Prosthesis)」に分類され、これらに伴う技術が広義のBMIであるとされています。

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BMIによる神経調節や神経補綴は、Output(脳の状態を如何に把握し取り出すか)とInput(脳の状態に如何にアクセスするか)の組み合わせで実現されます。この分類は僕の恣意的なものですが、先端のBMI研究の領域で達成されていることをOutputとInputに分けていくつか例とともに見ていきましょう。

Output

2017年にスタンフォードから衝撃的な論文ビデオが配信されました。

www.youtube.com

身体が麻痺している患者の脳の運動皮質に100個ほどの電極を設置することで脳の活動電位を読み取り、画面上のカーソルを操作できるようになるというものです。研究者のインタビューでは、この技術の応用すれば文字を打つだけでなく、考えるだけで家の扉が開いたり電気をつけたり、などと言ったことがすでに技術的には可能であるといいます。

また、運動野領域だけでなく、視覚野領域でも研究が進んでおり、fMRI(脳血流から脳の状態を評価する装置)を用いて被験者が見ている文字を再合成した研究が発表されています。

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一番上の行が、紹介している論文で被験者が知覚していた文字ですが、はっきりと再現されていますね。

さらに衝撃的なニュースとしては、京都大学の神谷先生のグループによるfMRIとDeep Neural Networkによる研究が挙げられます。文字だけでなく知覚している景色を機械学習により再現する研究です。左が実際にみている画像で、右がそれをfMRIデータからAIで再現したものです。

www.youtube.com

これらはほんの一例ですが、脳の状態を読み解く研究が様々なアプローチにより行われています。様々な解析手法の出現により脳に関するデータ量は毎年倍々のように増えて行っていることから、今後脳のoutputの理解がより進んでいくと考えられます。

Input

Inputのテーマでは、脳の状態へ干渉していくような技術をみていきたいと思います。(人工網膜や人工内耳は脳に直接干渉するわけではないので、また別の回に取り上げます。)

もっとも古い神経調節は、紀元前にシビレエイの電気を脳に用いて痛みを取る(その光景は想像したくありませんが、、)というものがありますが、学術領域ではDBS(Deep Brain  Stimulation:深部脳刺激)やTMS(Transcranial magnetic stimulation:経頭蓋磁気刺激法)の領域が20世紀から盛り上がりました。

現在主に行われているDBSの適応例としては、図のように脳に電極を差し込んで電流を流し脳の機能を調節するというものです。

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脳に電極を差し込むなど何か不気味なもののように聞こえますが、実際にヒトへの適応は広がりをみせています。例を挙げると、現在世界中で約150,000人のパーキンソン病を中心とした患者さんがこの治療を受けています。脳の異常な部分に電気を直接流す、というわけです。脳に直接干渉するという行為は思ったより特殊ではないことがわかりますね。

しかし、直接脳へ電極差し込む従来型DBSの方法は人体への侵襲が高いことに加え、瘢痕化(脳の組織が免疫により凝り固まる)により効果が長続きしないなどの問題を抱えています。

そこでMITのEd Boydenをはじめとするチームは、脳に直接埋め込む必要のないDBSの仕組みを開発しました。頭蓋骨の外から脳内を刺激するという画期的なデザイン(写真はDiscoverから引用)です。

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技術的なものは説明すると長いので論文を参考にされてください。これが実現すると、より容易に安全に、ヒトは他者の脳に干渉する術を得るわけです。現在世界中でこの技術によるヒトへの臨床研究が行われており、行く末が注目されます。

また、一般的にテレパシーと言われるような、脳内情報を直接他者に伝えるBrain-to-Brain Interface(BBI)の研究において先駆的なのは2013年のMiguel Nicolelisの実験です。

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彼らの研究グループは、数千キロ離れた距離にいるネズミ同士の知覚情報を伝達することが可能であると示しました。ある試行を経験したマウスと経験していないマウスの脳を繋ぐと、経験していないマウスがテストにおいて正解を導く研究です。

以上が「現在すでに研究によって示されている」一例です。時間はかかれど、このような技術がヒトに応用されると、考えるだけで意思疎通(情報を送り、受け取る)できたり、パソコンと脳を接続し機能を増強する、などと言ったことが可能になるのではないかとイメージできますね。

そして実際にそのような構想を達成しようと粛々と開発を行なっている人たちについて次章でみて行きましょう。

高度なBMIを創ろうとする者

2017年初頭はIT企業・IT長者がBMI研究に名乗りをあげ、BMIのニュースが世を席巻しました。Tesla MotorsのCEOであるEron MuskがNeuralinkという企業を立ち上げ体内埋め込み型BMIの研究を開始したことを皮切りに、Facebookが1分間に100語のスピーチを可能にする非侵襲BMIバイスの開発を発表するなどして、メディアなどでは「テレパシーが実現する日は近い!」と連日叫ばれていました。ここではNeuralinkとFacebookという二つの企業をみて行きましょう。

Eron Musk

Eron MuskのNeuralinkはBMI事業へ参入することを公表しているものの、詳細な事業内容については発表していません。HP(https://www.neuralink.com/)には、”Neuralink is developing ultra high bandwidth brain-machine interfaces to connect humans and computers.”と述べてあるのみです。「ヒトとコンピューターを繋ぐインターフェースを作り出す」、と。これだけでは何もわかりませんが、Tim Urbanへの単独インタビューで語っていることから、彼の思惑が少しだけ垣間見えます。

「最終的には脳を個人ベースでカスタムしたクラウドAIと接続させ、ヒトを増強する」と目標を語っている彼がヒトとコンピューターを繋ごうとするモチベーションはどこからくるのでしょうか。

Alpha Goがリ・セドルに完勝したことは記憶に新しいと思います(https://www.youtube.com/watch?v=a-ovvd_ZrmA)。囲碁はチェスよりも自由度が高く、コンピューターが人間に勝つにはまだまだ時間がかかると言われていましたが、実際に世界チャンプを下したわけです。さらに自由度が上がったゲーム/作業に関しても次々にAIがヒトの知能を超えていくことが想像できるでしょう。そのAIが暴走し人類に与える脅威に関して、彼は人一倍懸念していることをインタビューで明らかにしています。その脅威への対処法がBMIの構想なのです。「ヒトとAIが接続している限り、AIは人類を壊滅させるような暴走はすることはないと思われるので、ヒトとAIを接続しよう」、そう考えているわけです。Neuralinkは現在多ジャンルのエキスパートを雇用し、研究を進めているとされており、行く末が注目されます。

Facebook

FacebookBMI研究について発表したのは昨年4月のF8デベロッパーカンファレンスにおいてでした。このビデオが有名ですね。

www.youtube.com

発表している彼女の名前はRegina Duganで、DARPA〔国防高等研究計画局〕の責任者→Googleの Advanced Technology And Products事業部の責任者という経歴で先端技術にもっとも精通している1人といえます。Facebookは「物理的世界とデジタルの世界を融合させるテクノロジーを作る」ために彼女を雇用しました。研究体制もカリフォルニア大学サンフランシスコ校、同バークレー校、ジョンズ・ホプキンス医科大学、ジョンズ・ホプキンス応用物理学ラボ、ワシントン大学セントルイス医学校などの研究者の協力を一瞬にして手に入れるあたり、本気度が伺えます。

F8のカンファレンスでは、「1分間に100単語(現在スマートフォンを用いた入力の5倍)の速度でテキスト入力を可能にする」非侵襲BMIの開発を目指し、最終的にはVR(仮想現実)にも利用され、物理的なコントローラーを操作することなしに、思考だけでVRを操作できるようになるとザッカーバーグは言います。会社のミッションである「Bring the world closer together」の元に、彼らの描く未来は仮想と現実の境界線を溶かし、人類がより密に円滑にコミュニケーションをとることを可能にしようとしているのです。

この他にもアメリカのオンライン決済企業Braintreeの設立者であるBryan JohnsonもKernelというBMIの研究開発企業を立ち上げるなどしています。これらの事業はまだビジネスとして成り立ってはいないものの、実際にBMIが経済的な機能を持ち始めると人々の関心もより一層高まりBMI領域の普及へ大きな進歩がもたらされるでしょう。

BMI研究の向かう先

さて、以上ご紹介した例をはじめとするテクノロジーが導く未来について冒頭で提示した三つの点に戻ってみたいと思います。

  1. 人間の脳をコンピューターと接続することで機能/知能の拡張を行う
  2. 人間の脳をお互いに接続することでより円滑なコミュニケーション、知覚の共有を行うことができる
  3. この世に存在する”知性”が新たなコネクトームを形成し、現在ぼくたちが想像もできない高次元な知性が創発される

1.と2. に関しては、上記の例を見るだけでなんとなくイメージがつくと思います。脳からのoutputとinputの研究が進むことで、動かなかったはずの体が動くようになり、調子が悪い時は電気刺激で元気になり、考えるだけで意思疎通ができるようになり、コンピュータと一体となり脳がより高度な処理機能を持つことが可能になるでしょう。最後に少しわかりにくい3. に関して説明して終えたいと思います。

3.で述べているのは、Raymond Kurzweil博士の提唱する「第五段階」として知られています。簡単にご紹介します。

そもそもヒトの脳というのは、1000億個の脳細胞と100兆個のシナプス結合でつくられているコネクトーム(全神経細胞の接続の総体)です。下の写真が神経細胞のつながりを表しています。このつながりによって、神経細胞は総体として脳となり我々は高度な知性を有しているのです。

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Courtesy of the Laboratory of Neuro Imaging and Martinos Center for Biomedical Imaging

神経細胞と偏に言ってしまえば単一のもので個性がないと思われがちですが、一つ一つの神経細胞も各々役割が異なっていて個性があります。そこで、地球をよりマクロな視点から見ると、我々ヒトの脳が一つの神経細胞に例えることができ、つまり地球上に73億個の個性を持った神経細胞があると見ることができる。

「第五段階」とはそれらをコンピューターを用いて接続することができるとすれば、地球上の脳がコネクトームを形成する、という考えです。ここで創出される知性というのは、私たちが想像できる知性の範疇を超えており異次元の圧倒的な知性だと考えられています。 

もちろんこれら構想が実現されるにはハードウェア面、ソフトウェア面、そしてそもそもの脳の構造の理解などまだ問題点が山積しています。しかし、近年の研究の進歩やテレパシーを実現すると謳う企業の出現など、かつてない盛り上がりを見るなかで実現は不可能ではないのではないかと期待してしまいます。より高次元な知性が存在する世界の景色をみてみたいものです。

はじめに

 

f:id:kazutakaokuda:20170930214412p:plain Eugène Henri Paul Gauguin 「D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?」

これはゴーギャンの有名な「我々はどこからきたのか。我々は何者なのか。我々はどこへ行くのか。」という皆さんご存知の絵画です。我々が何者で、どのような道を辿りどこへ向かうのか、これは人類にとって根源的な問いだと思います。
「我々がどこへ行くのか」と、「我々はどこから来たのか」「我々が何者なのか」という問いは密接に繋がっており、つまり、我々がどこから来て(=今までどのように振舞って来たか)、我々が何者なのか(=どういう状態にいるのか)を知ることは、我々がどこへ向かうかを知る手がかりとなります。その中で重要な要素の一つが、脳を理解することです。
当たり前のように感じてしまうかもしれませんが、人類によって生み出されるもの全ては脳の取捨選択を受けています。脳の仕組みにスムーズではないものは淘汰され、脳に適合しているものが人類と共に社会を形作って行くのです。
 
人類によって作られたこの世界は脳と照らし合わせることができるのです。
「人類によって作り出される世の中の流れが脳によって説明できるなら、現在の社会やテクノロジーなどを座標にプロットし脳の関数をそこに照らし合わせることができたときに、これから歩む蓋然性の高い未来を予想することが出来る。」
こう信じています。我々はどこへ行くのか、この疑問を脳科学の視点を踏まえて考察することが、このブログの目的です。